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July 2016

2016.07.12

魚類の標準和名の話

●昨日買ったアクアライフ2016年8月号を,ぱらぱら~っと見てたんですが,魚類の分類とか標準和名について全く理解されてないんだなぁ… と思ったので,ちょっとだけそういう話を書いてみます.

●生物の学名については,動物は国際動物命名規約,植物は国際藻類・菌類・植物命名規約というのがあって,厳密なルールのもとに1種の生物に対して1つの学名を使うようにされています.そのため,ある種の生物に対して,複数の人がそれぞれ独自に学名を提唱したときは,適切な媒体に,適切な方法で,先に新種記載をおこなった方を採用します.そうでなければ,混乱するからです.

 学名は世界共通の名前ですが,日本では,それに対応する「標準和名」というものがあります.たとえば,図鑑などで「ミナミメダカ Oryzias latipes」と書かれていたら,ミナミメダカが標準和名で,Oryzias latipesが学名です.

●日本人の研究者が少なく,一般市民にもなじみの薄い分類群の場合,研究者は学名が分かれば良いし,一般市民は個々の種を判別する機会がほとんどないので,学名と標準和名が一対一で対応しないものも多いです.しかし,少なくとも魚類については,単なる「和名」(=日本語名)ではなく,「標準和名」(=学名と対応した,その種に固有の日本語名称)として,多くの日本人が,魚の「種」を理解して親しめるように,また,水族館や水産流通で混乱が生じないようにしています.

 標準和名の混乱ということでは,差別的用語を含む標準和名を付けられた魚種について,水族館や書籍等が配慮して,独自の名称で展示や掲載をするなどのこともあったため,同じ魚種に対してさまざまな呼び名が使われていたことがあります.そうした問題を解消するために,2007年に差別的標準和名の改案が提唱されました.(日本産魚類の差別的標準和名の改名案) この時は,「言葉狩りだ」などの批判的な意見も世間ではありましたが,標準和名の安定化のために大鉈を振るったものです.

●さて,少し話が横道にそれましたが,標準和名は学名に準じて,1種につき1つの名称となるように,魚類学者の皆さんは配慮して使っています.そのため,「標準和名の提唱」というのは,それほど軽々しく行うものではなく,学名に準じて,適切な媒体に,適切な方法で,適切な記載を伴って提唱されたものを採用します.

 たとえば,仮想的な例として,ダイビングで未記載種らしき魚を撮影した人がいて,ウェブページ(もしくはSNS)で,「未記載種発見 \(^_^)/ ここではみんな○○って呼んでるよ~」と書いたからといって,「○○」という標準和名が「提唱」されたことにはなりません.

 なぜなら,写真を見ればその種と確実に判定できるとは限らないからです.写真に写っている特徴で充分なのか? また,複数の個体の写真があって,その中でさらに種を分けるようなことになった場合,どの個体が「○○」に該当するのか? 他の場所で,似たような魚が撮影もしくは捕獲された時に,「○○」と同種なのか類似の別種なのかを判定できるのか? 写真をウェブにあげているだけでは,標準和名として使うための情報が足りません.

 つまり,ウェブに上げた写真を,愛好家が好きな名前で呼ぶのはかまいませんが,それは標準和名ではないのです

 標準和名は,学名と同様に,同種と考えられる複数個体の標本の形態(それに加えて近年はDNAの塩基配列)を,類似した他種すべてと比較して,区別できる形態的特徴などを適切に記載した上で,1個の標本を規準にして提唱します.

 このような,めんどくさ~い作業を経ることで,将来分類が進んだ時や,他地域で類似の個体が採れた時に,どの個体がどの種なのか(=どの標準和名の分類群か)同定できるようになるわけです.

●また,複数の人が同じ種を発見して研究を進めていた場合,先取権争いが生じることもあります.そのときに,「標準和名を提唱する記載論文が先に出版された方」が優先されます.論文に時間がかかりそうだからウェブで先に名前を広めておこう! なんていう戦略は,モラルに反するし,認められません.

(自分が言わなければ良い,というものでもありません.仲間が代わりに広めるのでも同じことです.分類学で博士号をとったような人が,こういう研究者倫理に著しく反するようなことをしてはいけないと思います)

●ちなみに,標準和名で揉めた近年の事例として,「ナンヨウマンタ」と「リーフオニイトマキエイ」があります.オニイトマキエイは,「マンタ」とも呼ばれてダイビングで人気の大型エイですが,日本で見られるオニイトマキエイが2種だったことが判明しました.その時に,別々のグループが標準和名を提唱して,それぞれ「ナンヨウマンタ」と「リーフオニイトマキエイ」と呼んでいました.板鰓類の学会誌でも両方の論文が同時に掲載されたりして揉めていたのですが,日本産魚類検索第3版では,「ナンヨウマンタ」を提唱した論文の方が先行研究などを適切に踏まえていることで適切として,「ナンヨウマンタ」を標準和名としています.

 他にも,個人的な失敗談として,新標準和名を提唱する論文を書いた際,その論文が出る前に友人に,その時点で考えていた標準和名を話したことがあります.その後,論文が出版されるまでに考え直して,予定していた標準和名を少し変更したのですが,その友人が没案の方の標準和名でローカルな印刷物に紹介記事を書いてしまったので,大変に焦ったことがあります.すぐに,新記事で訂正するようにしたのですが,悪意が無くとも,このようなミスが生じうることを痛感した出来事です.

●長々と書きましたが,ようするに,ホームページやブログ,SNSで,標準和名の提唱はできないし,プロはそのような不用意なことはしないということであり,アクアライフの記事(というかマンガ)の内容には間違いが含まれている,ということです.

 あと,その記事でカワムツのことも書いてあったりするけれど,あれもダメですね… 日本のカワムツの系統地理は論文が出ていないものの,過去に学会発表などされているので,遺伝的に大きく異なる集団に分かれているのは「知る人ぞ知る」ことではあったのですが… 学会で聞きかじったことをTwitterで「カワムツは複数種だ」と吹聴した人がいたことも一因ではないかと心配してるのですが,不十分な知識で,あいまいな情報をSNSに拡散させるようなことはしない方が良いと思うのです.

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