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2013.03.16

日本産魚類検索第三版以後の“トウヨシノボリ”の扱い

近頃魚類関係者の間で話題の「日本産魚類検索 第三版」ですが,いろいろと問題の多い内容であることは魚類学者の皆さんもお気づきかと思います.

 しいていえば,何年も待たされて期待感が高まっていたところに公開されて,観客が「ぽかーん」となった某映画のQみたいな印象ですね.

 とはいっても,新知見も多く取り込まれており,スタンダードとせざるを得ないと考えている方も多いと思いますが,その中でも多くの人が「?」となってしまうものの一つが「トウヨシノボリ」の扱いでしょう.

 適切な分類学者の方が,わかりやすくネットで解説してくれればよいのですが,待っていても誰もやってくれないでしょうし,なんとなく自分が書くことを期待されている気がしなくもないので,簡単に解説しておきます.

★日本産魚類検索第三版のヨシノボリ属17種

ヒラヨシノボリ
カワヨシノボリ
シマヨシノボリ
ルリヨシノボリ
アヤヨシノボリ
オオヨシノボリ
クロヨシノボリ
オガサワラヨシノボリ
ゴクラクハゼ
アオバラヨシノボリ
トウカイヨシノボリ
クロダハゼ
シマヒレヨシノボリ
キバラヨシノボリ
ビワヨシノボリ
カズサヨシノボリ
オウミヨシノボリ

日本産魚類検索第三版のヨシノボリ属は↑のようになりました.

 その中で,2000年の第二版において「トウヨシノボリ」とされていたのは,次の6種です.

・トウカイヨシノボリ
・ビワヨシノボリ
・シマヒレヨシノボリ
・クロダハゼ
・カズサヨシノボリ
・オウミヨシノボリ

 これら6種の中で,トウカイ,ビワ,シマヒレは同所的もしくは側所的に生息する「トウヨシノボリ」との間で形態的,遺伝的に相違があり,自然での生殖隔離が(完全ではないにしても)存在することから,魚類検索第二版刊行後,2010年くらいまでに別種として分けられてきたものです.

 この2010年時点でトウカイ・ビワ・シマヒレ以外の「トウヨシノボリ」とされていたものを,ここでは便宜上『旧「トウヨシノボリ」』としておきます.

 旧「トウヨシノボリ」が,さらに複数種を含むと考えられたことと,その中のどれがトウヨシノボリの名称に相当するのか不明なため,第三版では新称をあてて,トウヨシノボリという名称を使わないこととした,と説明されています.

 しかし,クロダ・カズサ・オウミとして提示された種の分布域は狭く,それ以外の地域の旧「トウヨシノボリ」については「今後の分類学的研究が必要と考え,掲載しなかった」(第三版p.2142)とされています.

 つまり,旧「トウヨシノボリ」の中で,第三版に掲載されなかった地域のものは,標準和名トウヨシノボリとして定義できるものではないが,クロダ・カズサ・オウミのいずれかにあてはまるかもしれないし,どれとも違うかもしれない,ということです.

 整理します.

<旧 トウヨシノボリ>

→ オウミヨシノボリ Rhinogobius sp. OM (琵琶湖水系と,コアユ混入による外来個体群)
→ クロダハゼ Rhinogobius kurodai (関東平野のみ)
→ カズサヨシノボリ Rhinogobius sp. KZ (房総丘陵のみ)
→ ヨシノボリ属の1種(“トウヨシノボリ”) 上記3種以外の,これまでトウヨシノボリと呼ばれて来たもの

 つまり,濃尾平野や北陸,東北,北海道,山陰,九州などの在来の旧「トウヨシノボリ」は,標準和名の無いヨシノボリ属の1種ですが,旧来トウヨシノボリと呼ばれて来たものということを注釈つきで示すのが,当面の対応ということになります.

 

 今後,それぞれの地域のヨシノボリ属の1種(“トウヨシノボリ”) について,それぞれの地域で「クロダハゼ」「カズサヨシノボリ」「オウミヨシノボリ」のいずれかに同定できるものかどうかを検討し,これらの種と区別できる特徴があるならば,論文を書いて新称を提唱するということになります.

★対応例:東海地方の場合

 東海地方では,「トウヨシノボリ」類似種として次の5“種”が確認されています.(種間雑種は除く)

トウカイヨシノボリ
ヨシノボリ属の1種(“トウヨシノボリ”)
オウミヨシノボリ
シマヒレヨシノボリ
ビワヨシノボリ

 この中の「トウカイヨシノボリ」と「ヨシノボリ属の1種(“トウヨシノボリ”)」は在来種です.残りの3種は琵琶湖水系からのアユや瀬戸内海周辺地域からのヘラブナの放流に混入した国内外来種と考えられます.

 在来の「ヨシノボリ属の1種(“トウヨシノボリ”)」と,外来のオウミヨシノボリは,これまでどちらも「トウヨシノボリ」と呼ばれていたので,それに比べれば在来種と外来種だという事を説明するのは容易になりましたが,形態的には酷似しており,mtDNAの差異も小さい(区別できないわけではないが)ので,分類学的には同種の地域集団として扱うこともできるかと思います.

 しかし,両者を同じ種とするべきということが明示されるまでは,とりあえず上のように5種として扱うのが妥当かと考えています.

 なお,分類というのは,自然を理解するための方法であり,多くの人が共通の理解をして学名や標準和名の運用をしないと成り立ちませんから(そのために国際動物命名規約や,日本魚類学会による提言があります),第三版で提唱された標準和名と学名がどの程度受容されるのかを見てから対応を決めるというのも一つの方法です.(それまでは,「ヨシノボリの標準和名は魚類検索第二版および鈴木ほか(2010)(*)に従った」とすれば,北海道や九州の「トウヨシノボリ」は,標準和名トウヨシノボリです.)

*鈴木寿之・向井貴彦・吉郷英範・大迫尚晴・鄭 達壽(2010)
トウヨシノボリ縞鰭型の再定義と新標準和名の提唱
大阪市立自然史博物館研究報告 第64号, pp.1-14.

 また,よくある誤解の一つに「日本産魚類検索」は魚類学会によって作られたスタンダードだというものがあります.これは完全な誤解であり,この本は著者たちの個人的な考えに基づいているものです.

 誤解のもとになっているのは 魚類学会の提言にある「第二版を起点とする」,というものですが,これは,その時点でほぼすべての日本産種の和名と学名が提唱されていた書籍だったためです.あくまでも起点であり,基準ではありません.

 以上,あくまでも個人的解釈ですが,もしかして何かの役に立つかもしれないので書いておきます.

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Tracked on 2013.03.16 at 05:34 PM

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