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2004.08.24

科学ジャーナリズムの世界

科学ジャーナリズムの世界
日本科学ジャーナリスト会議 編 化学同人 (2004年7月)

 大学生協で衝動買いしてみた本.日本の科学ジャーナリズムなんて技術偏重で科学の本質なんて全く分かっちゃいないくせに! と思っていたのだが,この本を読んで結構印象が変わったかも.ま,技術偏重なのは相変わらずでどうしようもないのだが,いろいろと学べるところも多かったと思う.

 特に,(医療問題や原子力問題を想定してだとは思うが)科学者は独自の価値観で暴走する可能性があるので,耳の痛いことを書いて批判するというのは科学ジャーナリストの役割というのが,内容中に何度か出てきたのは印象に残った.たしかにそういう役割は必要である.自分がイメージしていた「良い科学ジャーナリスト」というのは,「フィンチの嘴」のジョナサン・ワイナーなどのような科学の論理や方法,生き生きとした現場の姿を伝えてくれるものを期待していたのであって,批評者の存在を認めていなかったことに思い至らされた.

 ただ,批評者ばかりで.適切な科学の解説者がほとんどいないんじゃないの・・・? という気もするのだが(苦笑)それでも,さまざまな制約のある中で,一生懸命勉強して報道しようとする科学ジャーナリストの姿が伝わってくるし,現場の経験談は興味深い.

 また,各章はさまざまなメディアや分野における現状分析だったり経験談だったっりするので,読む人によって興味を持つ部分は違うとは思うが,個人的には,「2章 科学は市民にうまく伝えられているか」における新聞で科学記事を書くことの難しさなんかは,読み始めてさっそく,なるほどと思った部分である.その一節として次のような記述がある.

 新聞には「人を描け」という原則がある.記者になりたての新人は,地方の支局などで徹底的にこれを教え込まれる.だれかの家の庭に珍しいバラが咲いたとき,そのバラが植物学上でどれだけ貴重か,ほかのバラと構造がどう違うかを詳しく書いても,その記事は失格.支局のデスク,つまり原稿の責任者からは,「バラのことをくどくど書くな.それを育てた人がどんな人物か,その苦心談を書け」といわれる.

 だから,人間関係や人物像を書く事件記事は新聞と相性が良く,客観性を求める科学とは相性が悪い,と.

 これを読んで,なるほどぼくが日本の科学ジャーナリズムに不満があったのはこれかと,よくわかったのである.たぶん,科学とは無縁の人にとっては,そういう気持ちだとか物語性のみが求められるし,それに応えるようにしていると科学的成果の内容とか是非は二の次三の次としておざなりにされるわけである.本の中には書かれていなかったが,この新聞記者体質が故に,よりおもしろいエピソードを提供するキャラの立った「研究者」を重視し,その内容がとんちんかんでダメポなものでも,重要で適切な研究よりも大きく報道するのだろう.

 他にも,テレビの科学番組の作り方とか,ジャーナリズムにとってのネットの重要性とか,いろいろ興味深いところもあるし,全体を読むと日本社会の科学観などが垣間見えておもしろかった本である.

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