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ブラックバスがいじめられるホントの理由

「ブラックバスがいじめられるホントの理由」 青柳純著 つり人社 95pp.


 はっきり言って、読んでがっかりした本。

 副題が「環境学的視点から外来魚問題解決の糸口を探る」とあるが、内容を読んでみると、著者は自然にも生き物にもさほど関心が無く、「生物多様性」を尊重し、維持しようとする考えはなさそうである。基本的に、著者の重視するのは「金」であり、「利益」である。とってつけたように「生物多様性」についても考察しているが、著者にとって関心が無いこともあってか、吉野川の堰の工事問題についての住民意思についての考察文に根拠を置いて、あくまでも純粋な自然保護派は少数である、とすることで少数派の意思を積極的に無視して話を進めるようにしている。つまり、自分は大所高所から見下ろして、多数の人の経済的利益を考えてこの論文を書いたんだぞ、多数のためには少数のわがままなどどうでもいいのだ、という倣岸さが目に付く。そうした倣岸さの一方で、あとがきの最後ひねこびた文章があったりするので(世の中、金がすべてという考えの著者にとっては、あの文章は自然な発露だとは思うけど)、少なくとも、ぼくはこの著者を軽蔑せざるをえない。

 さて、一応、問題と思える内容で、目に付いたいくつかを記しておきたい。


■「第5章 既存の外来魚論の整理」

 この章では、これまでブラックバスを中心とした問題についてどのような主張がなされてきたかを書かれているのだが、秋月岩魚氏と中井克樹氏の主張に対しては、問題提起だけで何ら具体的な対策が提示されていないと切り捨てている。その一方で、日釣振を釣り人全体の代表としてそちらの主張には何も問題点を記していない。

 そもそも、外来魚、特にこの場合は犯罪的行為によって無秩序に放流され、在来生物の絶滅のリスクを増大させているブラックバス問題については、最初から多くの人に周知の内容だったわけではない。多様な生物の存在に価値があるということ自体に反対する人は少なく(総理府の世論調査で移入種対策を進めるべきと答えた人が過半数なのは、その根拠といえるだろう)、そうした人々に問題の存在をアピールすることは非常に重要なことであり、その結果として今の「ブラックバス問題」があるのだから、解決策が示されていないだけで無意味な主張のように記すのは、明らかにおかしいだろう。

 しかも、この本の出版されているつり人社は日釣振と極めて深い関係にあり、そちらをヨイショして一切批判を加えないのも、非常にコビていてイヤラシイ。そもそも、釣り愛好者にもさまざまな人がおり、多様な意思が存在しているはずなのに、なぜ、釣り人=日釣振と断ずることが出来るのか。こうした、多様な意思やマイノリティを無視した乱暴な一般化は、本書全体に蔓延している。


■「第2章 外来魚移入の経緯」

 ここで、少し前の章の話に戻ってみる。 順番に読んでいると、おや?と首を傾げながらも読み進んでしまうのだが、第5章や、それ以後の親バサーな論理を見た後で考えると、この「第2章」はその布石となっていたことに気づくだろう。

 つまり、この章では、秋月岩魚氏が著書「ブラックバスがメダカを食う」で主張した、ブラックバス類の密放流による拡散を、根拠の無いものとして否定し、琵琶湖産魚種が他地域の河川・湖沼に広がっていることを一生懸命主張している。

 秋月氏が密放流(特に釣り産業と結びついた確信犯的なもの)の存在を声高に主張す るのは、それが他の魚には見られない行為であり、具体的証拠をつかめないまでも、断固としてやめさせなければならない犯罪的行為だからである。琵琶湖にいないコクチバスが急速に多くの地域で発見されたり、琵琶湖内のオオクチバスにフロリダバスとの雑種が見出されている事実は、そうした行為が継続していることや、影響の大きさを示している。

 もちろん、琵琶湖産アユに付随してさまざまな魚種が拡散しているのは事実であり、そうした水産業の罪も批判しなければならないのだが、著者の青柳氏は、なんのために犯罪的行為の問題を矮小化しているのだろうか? こうやってあらかじめ釣り産業と結びついた犯罪的行為を、根拠が薄くて影響の少ないもののように印象付けておけば、その後の漁業者批判と釣り人(この場合はバサーだけのことを意味するはずなのに、なぜか釣り人全体として扱われている)による経済効果を正当化しやすくなるわけだが。


■「第6章 何が本当に問題か・対立の構造」

 さて、本書のメインらしき部分である。

 しかし、おかしな内容ばかりで、いちいち指摘するのもなんだかなぁ、という感じである。とりあえず、すべての問題を漁業者と釣り人の対立、というふうに単純化している。「生物多様性」は常にその両者と対立するように位置づけられている。

 なんだか奇妙である。まず、釣り人がすべてバス釣りを享受しているわけがない。漁業(水産業)は、これまでから外来魚の移植や放流をおこなっていたので、生物多様性を破壊しているから、釣り人を批判する権利が無いといっているが、近年は移植放流事業はおこなわれなくなりつつあり、在来の生態系を生かした漁業をおこなおうとするのはいけないのか?  そもそも、琵琶湖に関しては、琵琶湖総合開発でヨシ帯を破壊し、漁業的にもさまざまな魚種の移植放流を繰り返してきたのは事実である。しかし、そうした行為を反省し、ヨシ帯の再生や、琵琶湖固有の魚種の漁業を続けたいとすることが、そんなにおかしいだろうか? バス擁護論者は、すぐに「さんざん琵琶湖の環境を破壊しておいて今更ブラックバスを悪者にするな」と主張するが、古い価値観のもとに行った行為の埋め合わせをしようとしているのを、なぜ認められないのか? 琵琶湖を再生させたいと願い、さまざまな対策を取ろうとする一環の中に外来種対策もあるのではないのか?

 固有の生態系の維持、伝統的漁法の継承、水質浄化などなどといった政策の中で、ブラックバス問題だけが、際立って大きく取り上げられるのは確かにおかしい。しかし、それは、環境を犠牲にしてでも自分たちの道楽を優先したいというバサーと甘い汁を吸ってきた釣り業界が、頑強に政策に反対していることが原因である。

 また、琵琶湖固有の生物を守るための政策を取るにしても、現状では経済に直接絡まない生物種の存在を論拠に何かを行うことは難しい。だからこそ、固有魚種を対象にした伝統漁業を、琵琶湖固有の生態系を維持し、利用するシンボルとして用いているという面もあるだろう。その場合、生物多様性と漁業が対立しているわけではない。また、固有種を対象とした釣り(ホンモロコ釣りなど)を楽しみたいとする釣り人とも対立しない。現在対立しているのは、琵琶湖の環境や生態系を破壊したまま、自分たちだけ甘い汁を吸いたいバス釣り関連集団 vs.それ以外の人々である。

 琵琶湖以外の事例については、河口湖と中禅寺湖については、まあ、そんなにおかしなことは書かれていない。生物が少ないのが本来の姿なのに、そのことの価値が認められていないのを指摘しているのも、この本の中では数少ない良い部分である。霞ヶ浦についても、それほど問題の捉え方は悪くない。しかし、八郎湖の問題については、大半が埋め立てられて淡水化した湖なのだからバスの駆除をするのはおかしいという主張はいただけない。秋田には、秋田・山形あたりにしかいない固有の魚種(トミヨ属雄物型・ジュズカケハゼの一種)や、他地域で絶滅して、かろうじて東北地方で残存しているような魚種(シナイモツゴなど)がいる。そうした魚種は、止水域や流れのゆるい河川に生息し、そうした環境は多かれ少なかれ人為の影響を受けている。人為の影響がある生態系に守る価値が無いというなら、それらの魚種の絶滅もかまわないということか。八郎湖は大半が埋め立てられたとはいえ、その近辺に在来の魚種が生息しているであろうに、なぜそこでのバス・ギルの駆除を否定する必要があるのか?


 まだ、他にも文句を付けたい点は多々あるが、大きく目に付くのは以上のような部分だろうか。ちなみに、本書の最後のほうでは、今後の提案らしきものがある。そこでは、「完全駆除」も「ゾーニング」も非現実的であるとして、まず取り組むべきなのは限定的な水域で在来魚種の保護としている。その例として、京都の深泥池の外来種除去調査をあげているのだが‥‥

(゜д゜)ハァ?

 中井氏や秋月氏の論に対して具体的処方がないと見下した書き方をした著者の提案がそれですか?  何事も小規模な実践から始めるのは当然のことであり、その最終的な目標をどこにおくかを議論して提示しているのが完全駆除やゾーニング案だと思うのだが? 結局、著者は、将来的な方向性を示さず、目先のことだけしか見えていなかったということですか‥‥

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Comments

あとから知ったのだけど(←不勉強!),瀬能さんが同様の書評を書いていたんですね.生物多様性研究会(http://www.ne.jp/asahi/iwana-club/smoc/report.html )のサイトに掲載されていました.

 で,それに対する青柳氏の反論もゼゼラノート(http://www.zezera.com/ )にも書かれてますが,すっごい詭弁の連発ですなぁ・・・まあ,自分の言い分が認められないから癇癪を起こしているというのが,その反論を見ての印象ですが.

 ちなみに,某MLで,論理的な考えのできない人ほど「論理的」な言い方を好むと言ってる人がいましたが,全然本質もつかめていなければ客観的でもない本ほど,「客観的」とか「本質的」っていう言葉で飾りたがるなぁ,というのが「ブラックバスがいじめられるホントの理由」を読んでよくわかりました.そういう意味で,非常に勉強になりました.

Posted by: 極楽ドンコ | 2003.12.17 at 04:00 PM

僕もこの本を読みました。
まず1つ、完全駆除(ゾーニングも何%かの水域内の完全駆除ですよね)は、実際無理だと思うのですが・・・
一度に外来魚のみ、駆除する事が出来ますか(1度にしないと、また増えます。追いかけっこに、なるだけですよ)?
仮に、琵琶湖なんか、どうやって、するんですか?
在来魚は採らないで、どうする気ですか?
無理な事を目標にするより、現実的で、在来種を守れる方が良いと思うのですが・・・
で、別に、違法放流を否定している訳でも、無いと思うのですが・・・!?
実際、証拠は少ないですし、証拠のある、漁協の放流によっても、増えている訳ですし・・・
その上、放流鮎の食害でバスが問題になる事も多いですし、それは金がらみですよね。
バス駆除派も、金目的の人が↑の様に多い気がするのですが・・・
文句では無く、質問です。


Posted by: ケン | 2004.01.16 at 04:14 PM

某サイトで紹介されてしまったので,いろいろ手間が増えそうですけど,とりあえずケンさんへの回答.
なお,こちらは氏名も所属も明かされてしまっているので,なるべく嘘じゃないメアドや,本名で書き込んでくださる方を優先して,真摯に対応させていただきたいです.

■完全駆除の可能性
 無理だと決めつけることはできません.少なくともゼゼラ氏の本では,現時点で無理そうだからとりあえずできないものと考えて話を進めています.しかし,まだ本格的な技術開発がおこなわれていないだけで,実際は可能かもしれません.少なくとも,研究・調査・技術開発に関連する分野の専門家としては,必要な予算(ヒトゲノム解析などに比べれば遙かに少額でも可能と思われますが)とポスト,あとは,本気で根絶する意志があれば可能と考えます.
 もちろん,そうした研究職とは関係のない立場の方から見れば,無理だと思えるのかもしれませんが,それは印象でしかなく,不可能だという根拠はありません.

■在来魚の混獲
 当然あるでしょう.混獲がある特定の在来種の個体群に大きなダメージを与えるものでない限り,問題視する必要はないと思われます.生物多様性を維持するための対策は,動物愛護ではありません.かわいい在来魚を一匹たりとも殺させたくない,などという動機で外来種対策がおこなわれているわけではないのです.(逆に,愛するブラックバスのため・・・という言い方は,ウェブ上で時折見かけますね)

■違法放流に証拠は少なく,漁協のアユなどの放流は証拠がある
 当然です.合法的におこなわれる放流事業は記録が残りますから,証拠はあります.ただし,その中にどの程度のブラックバスが含まれているかはわかりません.一方,密放流は記録が残されていません.したがって,厳密に入手可能な証拠だけを使えば,琵琶湖産魚類の放流が過大評価され,その反面,密放流は著しく過小評価されます.
 なお,琵琶湖産魚類の各地への放流に問題がないとは思いません.ただし,それは公的に禁止されれば無くなるものなので,行政的な対応がなされれば,それ以後のアユ種苗への様々な魚種の混入は無くなります.しかし,オオクチバスの密放流は,行政が禁止してもおこなわれているものであり,放流源となるオオクチバスの個体群をなくすしか方法がないかもしれません.
 したがって,行政への働きかけによるアユ種苗の放流の制御(天然物は使わない,あるいは可能ならば廃止)と,ブラックバスの問題を多くの人に認知してもらうことで個人・業者などによる密放流を抑制する,といった両方の対策が必要です.ゼゼラ氏の本は,後者の対策を妨げる内容になっているように思われます.
 また,放流用アユを採捕する環境とブラックバスの幼魚の生息環境が異なっていれば,混入の可能性はかなり少なくなります.現在,日本各地で見つかっている琵琶湖由来の淡水魚の,琵琶湖内での生息場所は,琵琶湖産アユの生息環境とかなりオーバーラップしています.ブラックバスの全国への分布拡大の大きな要因として,琵琶湖産アユの放流を主張するならば,琵琶湖内での両種の生息環境(特に,種苗用アユの採集される環境におけるブラックバスの分布)などについての知見を考慮しなければいけないでしょう.ゼゼラ氏はそうした知見なしに,琵琶湖産アユへの混入を主張しています.


■バス問題は金がらみ,駆除派も金目的
 そういう人もいるでしょう.しかし,そうではない人もいるでしょう.
 生物多様性保全の必要性を認める人はたくさんいますが,金目当ての人が紛れこんでいるから無意味というものではありません.

Posted by: 極楽ドンコ | 2004.01.16 at 05:42 PM

個人的質問ですが・・・
外来魚全般の問題の中でバスがメインになる理由がよく分かりません。今までも雷魚や草魚なども問題になり同じ様に外来の昆虫類なども問題になりましたがバッシングの時期を過ぎると自然に沈静化し日本に馴染んだりしてそのまま定着してたりしますよね?
つまりバスがお金になると思ってるタイプの人間が多いからそこに利権争いが起きてるとしか思えません。
そこに在来(日本古来からそこにいる魚)種に対するケアが少なすぎると思えます。
漁師はお金になる魚を放流しそれを取って生活する。
その際バスが入っていたと言う事を自発的に言う事無く「バスがいるから魚が取れない」と言いますよね?
そのツケを一般バサーに回してるようにしか見えないのですが?
尚かつ個人単位でバスを違法放流した際一般的なため池にどの位放流したらバスがそこに定着できるとお思いですか?

乱文ですが出来れば個人的に調べる限界がありなにか情報ソース等をお持ちなら出してもらえないかと思いレスしてみました。

Posted by: MID | 2004.01.17 at 06:13 AM

MIDさん,

 コメントありがとうございます.
 外来魚問題,というよりも生物多様性の保全に関わる問題の中で,なぜこれほどブラックバスが大きな問題となるのかということですが,個人的には,対策に際して尋常ではない抵抗を示す方々がいるからではないかと思うのですが,どうでしょう.それは利権が絡んでいるからかもしれませんが,本当にバス釣り産業vs.漁業のみの利権争いであれば,生物学者も一般市民もそれほど注目しなかったと思います.

 多くの外来生物の中で,顕著に個体数が増え,在来生物群集への影響が大きいと見なされたときに,研究者が生態を調べ,行政が対策を検討し,実行する.その結果,対策が関係しなくても問題が収束する場合もあるし,人の手によって根絶もしくは抑制できた場合もあったものと思います.ブラックバスも,一部のバス釣り人の異常な反応(脅迫文の送付などを含む)がなければ,今のような社会問題とならずに,他の侵略的外来生物とさほど変わらない扱いを受けたんじゃないかというのが,ぼくの個人的な印象です.ブルーギル対策も同様に検討していることについては社会問題となっておらず,ギルと同時にバスも退治しようとすると,大きな反発があるのは,そういうことなのでは? そしてその主体は一般バサーであって,漁師がどうこういっているわけではないのでは?
 だから,環境破壊のツケを一般のバス釣り人のせいにしているのではなく,バス釣り人の一部が生態系復元のための研究・対策を阻害しているために,バス釣り自体が否定される状況になっているのではないかと思うのですが・・・

 ちなみに,バスの駆除が現実的には不可能という意見もありますが,もしそう思われるなら,バス釣りをする方々は黙って生物学者や自治体のすることを見守っていればいいのではないかと思うのですが,いかがでしょうか.実際に無理なのであれば,遅かれ早かれブラックバスの存在が容認されるわけではないかと思いますし,バス釣り人の異常な反発がなければ,研究者も行政も,労力が軽減してバス以外の外来種問題(もちろん,漁業による生物相の攪乱も含めて)にも取り組めると思いますよ.

 ため池への定着については,一度放流した後,繁殖が繰り返されて棲息が続く可能性は低いと思います.ただし,バスが減ったなぁ,と思った個人放流者が,その都度供給していれば,実際には定着不可能な水域にも定着しているように見えるかもしれません.

Posted by: 極楽ドンコ | 2004.01.17 at 10:11 AM

対策にたいして尋常じゃない抵抗とはその釣りの根底にあるキャチ&リリースの禁止に対してですよね?
個人の趣味に対しての規制ですから反対意見もでるでしょう。それも閉ざされた空間で一方的に決まられたら・・・・・

実際琵琶湖産のバスや霞ケ浦産のバスを河口湖や高滝ダムなどに販売していた漁師が居たときはそんなにバサーは気にしませんでした。
しかし一部のバサーのマナーの悪さから漁師との信頼関係が無くなり漁師から「バスがいるから生活がおかしくなった。その訳を調べてくれ」と学者に頼んだのが始まりでは?

で大体の一般ニュースの際はバサーVS漁師になってますよね・・・

Posted by: MID | 2004.01.17 at 04:32 PM

バス釣り人と漁業者の感情的軋轢については詳しくないのですが,MIDさんのお話は興味深く聞かせていただいてます.ただ,魚類学者や自然愛好家がバス釣りを否定するのは,漁業者とは無関係な理由で否定しているのです.ですから,対立軸が全く異なるので,自分たちとは無関係な漁業者の行為の問題点を挙げられても,意見が変わることはないと思います.
 また,環境問題全体として見れば,漁業者と自然愛好家の間の対立もあるわけですが,たまたまブラックバス対策に関しては,現時点で意見の方向性が一致しているだけですから,その点は御理解いただけるでしょうか? (ちなみにマスコミは漁師とバス釣り人の感情的対立が画として撮り易く理解しやすいからテレビ用の素材として使っているだけでしょう)

 それから,「個人の趣味に対する規制」もしくは「価値観の押し付け」,という意見も聞かれますが,趣味なら何でも許されるわけではない,ということが問題なわけです.他人の権利や財産を損なう趣味が規制されて反発する理由を,ぼくは理解できません.例えば,暴走族が暴走する権利,喫煙者が非喫煙者に煙を吹きかける権利,動物虐待を好む人がネコを殺してネットでさらす権利,殺人愛好者が殺人をする権利などなど,既に法的に規制されているものからそうでないものまで,他人を傷つける趣味や価値観は規制されてしまってもやむをえないのではないでしょうか?

 現実に,ブラックバス釣りを広めたいという方の行為によって,それまで多くの種類の淡水魚が棲息していた水域で観察される種数が激減したり,水鳥の繁殖が妨げられたり,絶滅危惧種のトンボの数少ない生息地が危機にさらされたりといった被害を与えているとされているわけです.したがって,バス釣り人が,自分たちの権利を認めろと主張するのは,他者に損害を与える権利を認めろ,といっているように見られているわけですから,そのような状態で認められるとは思えないのです.

 もし,上記のような在来生物への被害が濡れ衣だと言われるのでしたら,公にその証拠を提示した上で,バス釣りが不当に規制されようとしていることを論じたほうが良いかと思います.

Posted by: 極楽ドンコ | 2004.01.18 at 01:53 AM

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