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December 2003

2003.12.22

コクチバス繁殖抑制マニュアル

「湖沼におけるコクチバス繁殖抑制マニュアル」
片野修(2003)魚類学雑誌 vol. 50 No. 2 pp.176-179.

 日本魚類学会の和文誌に掲載されていたトピックス.これまでのコクチバスの生態的特性と,繁殖抑制技術・個体群管理技術の開発に関する概略と,その成果としての「コクチバス繁殖抑制マニュアル」(もちろんオオクチバスにも応用可能)が記されている.

 マニュアルといっても,実践によって改訂されていくべきものと思うのだが,漠然と「とにかく数を減らす」というだけの精神で戦いを挑んでも,なかなか労力の割りに成果が挙がらないかもしれないし,より良い攻略法を作っていくための第一歩だろう.広報ないすいめんとかにも掲載されているようだが,PDF版や印刷版の配布(もうしてるのかな?)や,外来魚対策相談窓口のようなものを作って,より広く情報を提供し,また実践結果を集積して改訂,今後の戦略の展開へと生かすシステムが作られればなお良いだろう.

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2003.12.18

日本に魚は何種いるのか

「日本に魚は何種いるのか -既知種と未知種をめぐる問題ー」
松浦啓一・瀬能宏 (2004) 生物科学 第55巻第2号 79-86pp.

 本ではなくて,和文の論文の紹介.この論文は,もともとは2003年の1月に日本分類学会連合のシンポジウムで話された内容を文章にまとめたもので,日本にどのくらいの種数の魚がいるのかを推定している.文章と図表の対応がイマイチで,あんまり良く練られた内容ではないものの,日本を模式産地として記載された種の増加を示すグラフなどは,まだまだ記載が終わっていない右肩上がりの図になっていて,「へぇー」って感じである.
 しかしながら,いろいろな魚の分類群でまんべんなく新種が見つかっているのかというとそんなことはなく,魚類分類学者にアンケートした結果だと,未記載種として報告を待っている大半(350種中203種)はハゼ科魚類である.いやはや,なんとも,ハゼの多様性は・・・.

 ちなみに,分類学会連合のサイト内の「日本産生物種数調査」のところから,日本産魚類全種リストのエクセルファイルがダウンロード可能である.

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2003.12.17

ブラックバス汚染

「警告! ますます広がるブラックバス汚染」 秋月岩魚・半沢裕子著 宝島社271pp.


 先に読んだ「ブラックバスがいじめられるホントの理由」があまりにもちょっとアレな内容だったので,口直しに読んだのだが,ぼく自身が感じていることと極めて相通じるものがあってうれしくなった.

 なんといっても,導入部でバス擁護論の問題点をさらりと書いて批判しているのだが,ぼくがこのウェブログで「ブラックバスがいじめられるホントの理由」の問題点として指摘した内容と,あまりにも一致するので,読んでて不思議な感じがして,妙におかしかった(笑).

 結局,秋月氏もぼくも,自然そのものに価値(=人間にとっての価値でもある)を見出し,尊重しようとする立場であることや,自分たちの快楽のためだけに貴重な資源であり歴史的価値のある在来生態系を破壊するバス釣り人を批判するとなれば同じことを主張することになるのだろう.

 とりあえず,内容的には,同じ著者の「ブラックバスがメダカを食う」(宝島社)の続編にあたるのだが,生物多様性条約批准に伴って,行政的にも,また世論も外来種NO!となりつつあることがレポートされていて,うれしく思える反面,なんとか巻き返しをはかろうと政治的に暗躍する日本釣振興会の姿が記されていて恐ろしくもある.

 また,バス釣り推進を熱心に進めるつり人社(社長が日釣振の理事でもある)の活動の問題点の指摘にも多くのページを費やしている.ぼく自身が,某埋め立て事業反対に関してつり人社に協力したこともあり,その辺の指摘は胸が痛い.なぜなら,そのときぼくが協力した人たちが,バス問題関連の討論会で野次を飛ばすなどのことをして,非道義的な行為をしているからでもある.

 彼らに悪気がないことは想像がつくし,つり人社の現社長も,決して,金の儲けのために自然を破壊したいと積極的に思っているわけではないことも知っている.しかし,考えが間違っていると思う.

 ぼくが,直接話した限りにおいては,バス釣りで多くの人の関心を水辺に向けたいと社長は言う.同じような主張を生態学琵琶湖賞を受賞した某陸水研究者の方が主張していたのも知っている.だが,何もいろいろな生物の絶滅リスクを挙げるバス釣りを手段に選ばなくてもいいじゃないか!

 そうした権力を持ち,政治的な働きかけに積極的な人たちが,さまざまな生き物がいることのすばらしさ,重要性を理解してくれない以上,まだまだ戦わざるを得ないのは,悲しい現実である.

 また,つり人社が環境保全運動を支援するがゆえに,その支援を受けた人がバス問題に対して沈黙してしまうことがあると,秋月氏は本書で指摘する.ぼくは,支援を受けたのではなく,協力した方だし,そのときも心の中で呉越同舟呉越同舟・・・とつぶやきながら行動していたくらいなので,決して手を組んだことがあるからといってバス問題について批判をためらったりはしない.

 支援を受けたために,沈黙しているのが誰なのか,ぼくは存じ上げないが,そうした人たちが,本気でブラックバスを日本に定着させたいと思うのでなければ,義理に背いてでも,正しいと思うことを発言し,行動して欲しい.

 少なくとも,日本からブラックバスを排斥しても,同じ種類の魚は米国で,本来彼らが属すべき生態系の中で生活し,スポーツフィッシングも堂々とおこなわれているのである.そのことに何の問題もないし,むしろ良いことである.

 しかし,日本にブラックバスをはびこらせて,絶滅した生物がいれば,それは二度と再び,どれだけ多くの人が願おうとも再生不可能なのである.絶滅=完全な消滅であり,取り返しのつかないことなのを,どうか少しでも多くの人に理解して欲しいと,あらためて感じるのである・・・・

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2003.12.15

ブラックバスがいじめられるホントの理由

「ブラックバスがいじめられるホントの理由」 青柳純著 つり人社 95pp.


 はっきり言って、読んでがっかりした本。

 副題が「環境学的視点から外来魚問題解決の糸口を探る」とあるが、内容を読んでみると、著者は自然にも生き物にもさほど関心が無く、「生物多様性」を尊重し、維持しようとする考えはなさそうである。基本的に、著者の重視するのは「金」であり、「利益」である。とってつけたように「生物多様性」についても考察しているが、著者にとって関心が無いこともあってか、吉野川の堰の工事問題についての住民意思についての考察文に根拠を置いて、あくまでも純粋な自然保護派は少数である、とすることで少数派の意思を積極的に無視して話を進めるようにしている。つまり、自分は大所高所から見下ろして、多数の人の経済的利益を考えてこの論文を書いたんだぞ、多数のためには少数のわがままなどどうでもいいのだ、という倣岸さが目に付く。そうした倣岸さの一方で、あとがきの最後ひねこびた文章があったりするので(世の中、金がすべてという考えの著者にとっては、あの文章は自然な発露だとは思うけど)、少なくとも、ぼくはこの著者を軽蔑せざるをえない。

 さて、一応、問題と思える内容で、目に付いたいくつかを記しておきたい。


■「第5章 既存の外来魚論の整理」

 この章では、これまでブラックバスを中心とした問題についてどのような主張がなされてきたかを書かれているのだが、秋月岩魚氏と中井克樹氏の主張に対しては、問題提起だけで何ら具体的な対策が提示されていないと切り捨てている。その一方で、日釣振を釣り人全体の代表としてそちらの主張には何も問題点を記していない。

 そもそも、外来魚、特にこの場合は犯罪的行為によって無秩序に放流され、在来生物の絶滅のリスクを増大させているブラックバス問題については、最初から多くの人に周知の内容だったわけではない。多様な生物の存在に価値があるということ自体に反対する人は少なく(総理府の世論調査で移入種対策を進めるべきと答えた人が過半数なのは、その根拠といえるだろう)、そうした人々に問題の存在をアピールすることは非常に重要なことであり、その結果として今の「ブラックバス問題」があるのだから、解決策が示されていないだけで無意味な主張のように記すのは、明らかにおかしいだろう。

 しかも、この本の出版されているつり人社は日釣振と極めて深い関係にあり、そちらをヨイショして一切批判を加えないのも、非常にコビていてイヤラシイ。そもそも、釣り愛好者にもさまざまな人がおり、多様な意思が存在しているはずなのに、なぜ、釣り人=日釣振と断ずることが出来るのか。こうした、多様な意思やマイノリティを無視した乱暴な一般化は、本書全体に蔓延している。


■「第2章 外来魚移入の経緯」

 ここで、少し前の章の話に戻ってみる。 順番に読んでいると、おや?と首を傾げながらも読み進んでしまうのだが、第5章や、それ以後の親バサーな論理を見た後で考えると、この「第2章」はその布石となっていたことに気づくだろう。

 つまり、この章では、秋月岩魚氏が著書「ブラックバスがメダカを食う」で主張した、ブラックバス類の密放流による拡散を、根拠の無いものとして否定し、琵琶湖産魚種が他地域の河川・湖沼に広がっていることを一生懸命主張している。

 秋月氏が密放流(特に釣り産業と結びついた確信犯的なもの)の存在を声高に主張す るのは、それが他の魚には見られない行為であり、具体的証拠をつかめないまでも、断固としてやめさせなければならない犯罪的行為だからである。琵琶湖にいないコクチバスが急速に多くの地域で発見されたり、琵琶湖内のオオクチバスにフロリダバスとの雑種が見出されている事実は、そうした行為が継続していることや、影響の大きさを示している。

 もちろん、琵琶湖産アユに付随してさまざまな魚種が拡散しているのは事実であり、そうした水産業の罪も批判しなければならないのだが、著者の青柳氏は、なんのために犯罪的行為の問題を矮小化しているのだろうか? こうやってあらかじめ釣り産業と結びついた犯罪的行為を、根拠が薄くて影響の少ないもののように印象付けておけば、その後の漁業者批判と釣り人(この場合はバサーだけのことを意味するはずなのに、なぜか釣り人全体として扱われている)による経済効果を正当化しやすくなるわけだが。


■「第6章 何が本当に問題か・対立の構造」

 さて、本書のメインらしき部分である。

 しかし、おかしな内容ばかりで、いちいち指摘するのもなんだかなぁ、という感じである。とりあえず、すべての問題を漁業者と釣り人の対立、というふうに単純化している。「生物多様性」は常にその両者と対立するように位置づけられている。

 なんだか奇妙である。まず、釣り人がすべてバス釣りを享受しているわけがない。漁業(水産業)は、これまでから外来魚の移植や放流をおこなっていたので、生物多様性を破壊しているから、釣り人を批判する権利が無いといっているが、近年は移植放流事業はおこなわれなくなりつつあり、在来の生態系を生かした漁業をおこなおうとするのはいけないのか?  そもそも、琵琶湖に関しては、琵琶湖総合開発でヨシ帯を破壊し、漁業的にもさまざまな魚種の移植放流を繰り返してきたのは事実である。しかし、そうした行為を反省し、ヨシ帯の再生や、琵琶湖固有の魚種の漁業を続けたいとすることが、そんなにおかしいだろうか? バス擁護論者は、すぐに「さんざん琵琶湖の環境を破壊しておいて今更ブラックバスを悪者にするな」と主張するが、古い価値観のもとに行った行為の埋め合わせをしようとしているのを、なぜ認められないのか? 琵琶湖を再生させたいと願い、さまざまな対策を取ろうとする一環の中に外来種対策もあるのではないのか?

 固有の生態系の維持、伝統的漁法の継承、水質浄化などなどといった政策の中で、ブラックバス問題だけが、際立って大きく取り上げられるのは確かにおかしい。しかし、それは、環境を犠牲にしてでも自分たちの道楽を優先したいというバサーと甘い汁を吸ってきた釣り業界が、頑強に政策に反対していることが原因である。

 また、琵琶湖固有の生物を守るための政策を取るにしても、現状では経済に直接絡まない生物種の存在を論拠に何かを行うことは難しい。だからこそ、固有魚種を対象にした伝統漁業を、琵琶湖固有の生態系を維持し、利用するシンボルとして用いているという面もあるだろう。その場合、生物多様性と漁業が対立しているわけではない。また、固有種を対象とした釣り(ホンモロコ釣りなど)を楽しみたいとする釣り人とも対立しない。現在対立しているのは、琵琶湖の環境や生態系を破壊したまま、自分たちだけ甘い汁を吸いたいバス釣り関連集団 vs.それ以外の人々である。

 琵琶湖以外の事例については、河口湖と中禅寺湖については、まあ、そんなにおかしなことは書かれていない。生物が少ないのが本来の姿なのに、そのことの価値が認められていないのを指摘しているのも、この本の中では数少ない良い部分である。霞ヶ浦についても、それほど問題の捉え方は悪くない。しかし、八郎湖の問題については、大半が埋め立てられて淡水化した湖なのだからバスの駆除をするのはおかしいという主張はいただけない。秋田には、秋田・山形あたりにしかいない固有の魚種(トミヨ属雄物型・ジュズカケハゼの一種)や、他地域で絶滅して、かろうじて東北地方で残存しているような魚種(シナイモツゴなど)がいる。そうした魚種は、止水域や流れのゆるい河川に生息し、そうした環境は多かれ少なかれ人為の影響を受けている。人為の影響がある生態系に守る価値が無いというなら、それらの魚種の絶滅もかまわないということか。八郎湖は大半が埋め立てられたとはいえ、その近辺に在来の魚種が生息しているであろうに、なぜそこでのバス・ギルの駆除を否定する必要があるのか?


 まだ、他にも文句を付けたい点は多々あるが、大きく目に付くのは以上のような部分だろうか。ちなみに、本書の最後のほうでは、今後の提案らしきものがある。そこでは、「完全駆除」も「ゾーニング」も非現実的であるとして、まず取り組むべきなのは限定的な水域で在来魚種の保護としている。その例として、京都の深泥池の外来種除去調査をあげているのだが‥‥

(゜д゜)ハァ?

 中井氏や秋月氏の論に対して具体的処方がないと見下した書き方をした著者の提案がそれですか?  何事も小規模な実践から始めるのは当然のことであり、その最終的な目標をどこにおくかを議論して提示しているのが完全駆除やゾーニング案だと思うのだが? 結局、著者は、将来的な方向性を示さず、目先のことだけしか見えていなかったということですか‥‥

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2003.12.13

ルポ・日本の生物多様性

2003/04/03 に自分のサイトの掲示板に書いたものの採録です.

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 最近,いろいろな本を買い込んでます.その中で,地人書館から最近発売された「ルポ・日本の生物多様性」(平山剛士著)という本を読みました.同様な趣旨の国際版として「レッドデータの行方」(Newton Press)という本があり,そちらも非常にオススメできるのですが,「ルポ・日本の生物多様性」は日本国内の事例を非常に読みやすく簡潔にまとめたものでした.結構勧められるような気がしたので,以下に,目次を転載して,感想を少しだけ書いてみます.まずは目次から.
【目次】
ルポ1 海鳥を大量死させているのはだれ? 〜水産大国ニッポンが抱える混獲問題
ルポ2 ジュゴンは軍隊と共存できない 〜基地建設に揺れる「北限の生息地」
ルポ3 あなたもなれる! カヤネズミ調査員 〜生物多様性保全のための環境教育とは?
ルポ4 古代湖を侵入種から守る 〜バス・ギル駆除と再放流禁止条例
ルポ5 五〇年前の川を取り戻せ 〜自然再生技術の確立をめざす
ルポ6 ディアハンターは鹿を絶やさない 〜野生動物保護管理の成果と課題
ルポ7 クワガタムシ・カブトムシ輸入超大国ニッポン 〜在来種に迫る「遺伝子汚染」危機
ルポ8 猛獣マネジメントいたします 〜自己防衛と春期捕獲に託すクマとの共存
ルポ9 「オミヤゲ盗掘」から高山植物を守る 〜入山規制が拓く「花の山」との新しいつき合い方
ルポ10 移入種大国から環境立国へ 〜目標は「持続可能な利用」

 さて,では次に感想を.

 この「ルポ・日本の生物多様性」は,それぞれに異なる要因に基づく生物多様性の危機を伝えており,さまざまな問題があることを知るのに役立ちます.多少なりとも希望の光が見えるのはルポ6・8・9あたりでしょうか?

 魚好きとしては,ルポ4の琵琶湖問題,ルポ5のイトウの住む川の再生が気になるところですが,ルポ4は,個人的には突っ込み不足のような気がしました.しかし,琵琶湖の外来種再放流禁止条例に関しては,極めて速報性の高い部分であり,突っ込み不足はやむをえないといえるかもしれません.

 また,ルポ8のヒグマの話で出てきた,「ウェンカムイ」という言葉は,妙に心に引っかかりました.ヒグマはアイヌ語で「キムンカムイ」(山の神)と呼ばれるのですが,人を襲うことを知ったクマは「ウェンカムイ」(悪い神)と呼ばれて忌み嫌われるそうです.ウェンカムイをアイヌがどのように考えていたかの説明を本文から抜き出してみます.

『一度でも人を傷つけたクマは「ウェンカムイ」となり,次々に人を襲い続ける.それは,人を食べてはならないというタブーを破ったクマに神様が怒って,もうほかのものは何も食べられないように罰を下すからだ』

 現代人は,苦労せずに食物を得ることを覚えてしまったがゆえに自然を食いつぶす「ウェンカムイ」ではないのか,というのがこの文章を読んで,ぼくが思ったことです.自然への尊敬をなくし,野生に戻れなくなってしまったために,自然を破壊し続ける現代人こそ「ウェンカムイ」ではないのか,と.

 一度ウェンカムイとなってしまった我々が,再び自然の多様な生物と共存できるようになれるのでしょうか? この本の中に記された利権や安易な行為のもたらす破壊を食い止めるには,法なり個々人の考え方なりによる「自制」が最も重要なのですが・・・

 ちなみに,この本は著者の平山氏のサイトから著者割り価格で購入できるようです.
 平山氏のサイト:http://homepage1.nifty.com/hiratatuyosi/index.html

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川と湖沼の侵略者 ブラックバス

「川と湖沼の侵略者 ブラックバス」日本魚類学会自然保護委員会編 恒星社厚生閣

2002/07/13に自分のサイトの掲示板に書いた感想の採録

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 まず、言っておきたいのは、この本は「買い」であろう、ということです。昨年の公開シンポの内容がベースになっているとはいえ、口頭発表だけでは聞き流してしまった部分もあるわけだし、具体的なデータや参考文献を押さえておくための資料にもなります。非常に熱い語りも多く、魚類学会サイドの不退転の決意を示したものでもあります。
 さて、その内容ですが、全8章のうち、前半5章まではすでに明らかとなった事実にもとづく基礎情報の整理といえます。1章はオオクチバス属の分類、2章は日本におけるバスの生活史、3章は伊豆沼におけるバスの増加と魚類群集の変化の記述、4章はバスのトンボ類の捕食、水生昆虫への影響を示す事例の紹介、5章は長崎の川原大池におけるバス・ギルの生態と個体数変動の実態と在来魚種との関係をそれぞれ述べています。
 基本的に事実の記述(のはず)なのですが、2章の淀氏による議論には、一部疑念が残ります。議論の内容として、オオクチバスが全国に急速に分布拡大し、定着、増加した理由を、オオクチバスの生態に「だけ」求めているところが引っかかるのですが、バスの定着・増加には人為の影響が極めて大きい可能性もあるのではないでしょうか。つまり、継続的なバスの再放流という、バス本来の生態的特性ではない原因で「見かけ上」定着しているかのように見える水域もあるのではないか、ということです。ソースを失念してしまったのですが、只見湖かどこかで密放流を監視し、湖内のバスを駆除することでかなり成果が挙がったらしき例もあったはずです。只見湖だったとすれば、湖へアクセスする道路が少なく、密放流の完全抑制も可能でしょうから(琵琶湖だと絶対不可能・・・悔しいですが)、ありえる話です。しかも、まだ未発表ですが琵琶湖にフロリダバスの密放流がなされていることが遺伝的分析から見出されているらしいし、各地で見つかり続けているコクチバスがいるのも、密放流が継続的に各地で多くおこなわれている根拠でもあるでしょう。ちなみに、もとのバス集団に対して充分に有効な個体数が放されなければ遺伝的分析でフロリダバスの雑種が見つかるなどということはないでしょう。不要な仮定を切り捨て、シンプルな仮説を選択するのは科学の基本ですが、明らかに考慮すべきアーティファクトを無視した議論は無意味です。
 伊豆沼の事例は、バス問題に興味のある人にはすでに知られる事例であり、資料的価値は高いでしょう。川原大池の話は、同じ著者が「稚魚の自然史」(北海道大学図書刊行会)に同じデータで一章書いていますが、「稚魚」ではチチブとゴクラクハゼをメインにし、こちらの本ではバス・ギルに焦点を当てています。個人的には、「バス」のほうに新たに書かれた内容のほうが興味深いです。
 トンボの話は、バス問題が「魚対魚という図式に矮小化され」てきたことを指摘されていて、少し耳が痛いのですが、実際問題としてバスがさまざまな生物に悪影響を及ぼしている貴重な実例集であり、魚類学者・愛好家以外のナチュラリストの多くと協力していくべき問題であることを思い出させてくれます。
 後半3章は、生物学的な記述よりも、社会的な面からこれまでの経緯の整理を行い、どうするべきかの提言がなされています。ぼく個人としては、この後半こそが興味深く、熱く魂のこもった文章に心を惹かれました。
 6章では、山梨県の一部(断じて全部ではない!)の湖でオオクチバスが苦渋の選択として漁業権魚種として認定された経緯と、現状においても決して外来種を容認しているわけではなくそうした場所でのオオクチバスの二の舞を決してすまい、という現場の意思と今後への提案が語られます。7章では、丸山先生による水産庁の対応の変化や政治家をまきこんだ日釣振のようなバス業界団体などの動き、外来種問題に対処すべく魚類学会で一気呵成に自然保護委員会が結成され、その時期におこなわれていた日釣振の百万人署名に先手を打つ形で外来種問題をアピールし、とりあえずの最悪の事態を回避した経緯などは、読んでいて手に汗握りましたし、(ぼくにとって)恩師であり先輩である先生たちの力と熱意を認識できてうれしく思うところもあります。最後の8章は外来種問題としてのバス問題の再整理です。海外の文献なども参考になるので、学術論文を入手し読むことの出来る立場の方は、是非原著にもあたって欲しいと思います。
 また、7・8章には、バス擁護のための奇妙な論理に対する丁寧な反論もあり、同様のことをある程度はぼくも自分のサイト内で書いたりしていましたが、「その通り!」と喝采したくなるところもありました。
 その他、本書の内容に触発されて、いくつか思うところもありましたが、それはまた別に書きます。

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